しばらく書評がつづきます。
原田マハ氏は美術専門家
名前はよく聞いていたけれどなかなか読む機会がなかった原田マハ氏の著作をこの3か月連続して6~7冊読んでいます。
原田マハ氏は1962年東京生まれ。森美術館設立の際の準備室で働いたのちニューヨーク近代美術館に勤務した実績のある国際的なキュレーターです。
美術品そのものだけでなく、美術館事情にたいへん詳しい専門家ですから、小説に出てくる美術関連のエピソードや知識は興味深く信頼して読むことができます。
とくにピカソやマティスなどの現代アートが好きな方にはこの本はとても楽しめるのではないでしょうか。
楽園のカンヴァスの舞台パリ
この小説はアンリ・ルソーの描いた『夢』という傑作絵画をめぐるお話です。
ルソーが実際にこの絵を描いていた1900年代のパリと、現代の倉敷(大原美術館)、ニューヨーク(MoMA)、スイス(個人コレクター邸)で物語が展開していきます。
原田氏の小説は作品がかかれた過去の時間軸と、それを巡って騒動がおこる現在の時間軸、このふたつを行き来する書き方が多いです。
別述する『暗幕のゲルニカ』のように、時間軸のなかにさらに複数の時間軸をいれてごちゃまぜになっているひどいものもありますが、この『楽園のカンヴァス』は個人コレクター宅がきっちりとした時間と場所の基盤となり、そこから過去を見て話しているので落ち着いて読む事ができます。1章ずつ読み進めていくワクワク感もすばらしく、絵画ミステリーとして大変たのしめました。
1900年初頭前後のパリでアンリ・ルソーが極貧の中で絵を描く様子や成功者ピカソとの交流の様子もとてもよく描けています。パリという不条理も夢も絶望もすべてを静かに受け入れる街がそのまま映し出されていることで、二人の画家の光と影、そして重なる部分がより物語をリアルなものにしています。
そんなピカソが仕組んだ謎も、物語を一層おもしろくしています。
おすすめの一冊です。
『楽園のカンヴァス』の感想
アンリ・ルソーについてあまり書かれている小説や物語はないと思います。
私も作品はオルセーや大原で何度か見てきましたが彼自身の人物像や私生活は全くしりませんでした。
今回感動したのは、彼の永遠のミューズであるヤドヴィカに対して老齢のアンリ・ルソーがそれはそれは純粋に一生懸命そして熱烈に恋をしている真摯さです。画家にとってのミューズ(女神)はその関係や愛情を様々に変えていきますが、ルソーの恋は本当にほほえましいほど純粋でうらやましくもあります。
一方で芸術家として成功する厳しさというのは古今東西かわらないわけで、彼の極貧生活は不条理を感じてしまいます。友人であるピカソが生前から大成功していた数少ない画家であったこともより対象的。
私はパリのモンパルナス地区に住んできたことがありますが、この辺りは1920年ごろに多くの芸術家(画家・小説家・彫刻家・音楽家)が集まった芸術区域です。その名残があちこちにあり、その雰囲気が好きでよくRotondでデジュネ(昼食)をしながら友人と美術談義をしました。
でも彼らは本当に極貧でお金がないのに、カフェでお酒を飲んでいたんですよね。
家賃が払えないし家のみの方が安いのに、カフェで飲む。借金してでも飲む。仲間と一緒にいることが本当にひとつのよすがというか、とても大切な儀式だったのです。そうさせる雰囲気がパリに、とくにモンパルナスには漂っていてそれゆえに多くのアーティストが集まってくるのかもしれません。理解はできても、なかなか日本人・常識人には真似できませんが。
こういった矛盾や不条理を受け入れてしまう器がパリにはある、そんなことを思い出す一冊でした。
私の美術体験
私がアンリ・ルソーの本物をはじめて観たのは大原美術館でした。
が、明確に意識して衝撃をうけたのはやはりオルセー美術館の『蛇使いの女』です。20歳の時でした。圧倒されるというか、本当に密林にいるような気がしてまわりの湿度が上がったような気がしたのを覚えています。
このモデルがヤドヴィカだったことも、極貧の中で描いたことも当時は知りませんでした。
それはそれで、先入観がなく作品を記憶できてよかったと思います。
近々、大原美術館を再訪してもういちどゆっくりアンリ・ルソー作品をながめたいと思います。
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